しばらく山とランは遠のいています

仕事、そしてコロナの関係でしばらく山やランからは遠ざかっています。来年の春から復帰できるようそろそろ運動再開していきたいと思います。ちなみに今、BIツールのPower BIが半分趣味になって、完全な運動不足になっています。20201020
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2020年12月18日金曜日

フォレスト・ガンプ

この映画、初めてみました。
フォレスト・ガンプ/一期一会

重いテーマを米国映画のタッチでさらった見せてくれるところがいいです。
米国中をランニングしていたら仲間が自然に増えていくが楽しいです。
日本では1995年に公開されたとのこと、阪神大震災の年、そして独立した年です。とても映画なんて見てる余裕はなかったですね。

最近AmazonPrimeで見た映画で記憶に残った映画です。
BGM的にで映画流して仕事することが多い中で、これはさすがに仕事せずに見入っていました。

2017年1月2日月曜日

娘 あい子から 新年明けましておめでとうございます。

あい子は高野豆腐が大好きなんです。お屠蘇と高野豆腐を舐めさせます。
今年もよろしくお願いいたします。


2016年11月11日金曜日

鉄人28号 化粧直し

出張帰り、今週はちょっと疲れたので、パワーをもらいに鉄人28号を見に寄り道しました。

先日、鉄人は化粧直ししました。色も少し変わりました。

ここ、神戸マラソンの時は、気を付けないと見過ごします。神戸マラソンの時は長田に来たらコースから左を向いてくださいね。




2016年6月8日水曜日

吉川晃司の反原発ソング

吉川晃司のこの曲がかっこいい
反原発ソングだそうです。

悪女=原発 

下町ロケットでかっこよく演技されていて、役者としても活躍されているのに、電力会社やそれに屈している放送局など気にせず、こんな曲を創るところがその他大勢の人たちと違いますね。昔のロックシンガーはこんな人多かった。
吉川がそんなものも跳ね除ける人気があるということだと思うけど



ちなみに、吉川は、週刊誌で「俺は現政権がでえっ嫌いなもんだから...」と語ったそうです。
これ賛同します!

2016年5月28日土曜日

オバマ大統領の広島訪問を眺める黒猫が話題

よく見ている人がいますね

あの厳重な警備をかいくぐって、黒猫がちょこんと座ってオバマ大統領の様子をじっと見ています。
これは見送るときですね。このネコが今ネット上で話題です。

なんともいい空気感、真に平和な時代が来ますようにと祈るばかりです。


2016年5月27日金曜日

5月27日オバマ大統領の来る広島に降りてみました

小倉出張の帰り、早めに仕事が終わったので、広島に途中下車しました。

歴史的なこの日、広島のこの空気を吸いたくてやってきました。
広島駅、警察官がいっぱいいます。路面電車は動いていたので原爆ドーム方面に向かいました。16時くらいから平和記念公園の周りは完全にシャットアウト。わたしは原爆ドームの近くにいましたたがかなり遠ざけられました。周辺は大混雑です。遠くから来ている人も多いようです。
16時半すぎに双発ヘリが爆音をたてて二機飛んできました。オバマ大統領が来たのかと大騒ぎになったのですが、後で考えてみれば自衛隊のヘリで、これはおそらく安倍首相が乗っていたのでしょう。わたしはこの後時間切れでその場を離れ広島駅に向かいました。広島駅の新幹線の待合室では今まさにオバマ大統領が平和記念公園に向かっているところで、多くの人がTVに釘付けでした。オバマ大統領は別のヘリポートから広島に入ったようです。

何も見たわけではありませんが、今日この日、広島のこの空気の中にいたこと、忘れられない日になると思います。とても感動的な日でした。71年かけて、やっとここまで来ました。



自宅に戻って、オバマ大統領のスピーチを聴きました。こんなことがほんとに実現したんだと改めて感動しました。まさに歴史が変わる日ですね。


The Huffington Post より

71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示されたのです。

なぜ私たちはここ、広島に来たのでしょうか?
私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。
私たちは、10万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、12人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。
彼らの魂が、私たちに語りかけています。彼らは、自分たちが一体何者なのか、そして自分たちがどうなったのかを振り返るため、内省するようにに求めています。

広島だけが際立って戦争という事実ではありません。遺物を見れば、暴力的な衝突は人類の歴史が始まった頃からあったことがわかります。フリント(編注・岩石の一種)から刃を、木から槍を作るようになった私たちの初期の祖先は、それらの道具を狩りのためだけでなく、自分たち人類に対しても使ったのです。
どの大陸でも、文明の歴史は戦争で満ちています。戦争は食糧不足、あるいは富への渇望から引き起こされ、民族主義者の熱狂や宗教的な熱意でやむなく起きてしまいます。
多くの帝国が勃興と衰退を繰り返しました。多くの人間が隷属と解放を繰り返しました。そして、それぞれの歴史の節目で、罪のない多くの人たちが、数えきれないほどの犠牲者を生んだこと、そして時が経つに連れて自分たちの名前が忘れ去られたことに苦しめられました。

広島と長崎で残酷な終焉へと行き着いた第二次世界大戦は、最も裕福で、もっとも強大な国家たちの間で戦われました。そうした国の文明は、世界に大都市と優れた芸術をもたらしました。そうした国の頭脳たちは、正義、調和、真実に関する先進的な思想を持っていました。にもかかわらず、支配欲あるいは征服欲といった衝動と同じ衝動から、戦争が生まれたのです。そのような衝動が、極めて単純な部族間同士の衝突を引き起こし、新たな能力によって増幅され、新たな制限のないお決まりのパターンを生んでしまったのです。
数年の間に、およそ6000万人もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子供、私たちと何ら違いのない人たちがです。射殺され、撲殺され、行進させられて殺され、爆撃で殺され、獄中で殺され、餓死させられ、毒ガスで殺されました。世界中に、この戦争を記録する場所が数多くあります。それは勇気や勇敢な行動を綴った記念碑、言葉では言い表せないような卑劣な行為の名残でもある墓地や空っぽの収容所といったものです。

しかし、この空に立ち上ったキノコ雲の映像を見た時、私たちは人間の中核に矛盾があることを非常にくっきりとした形で思い起こすのです。

私たちの思考、想像力、言語、道具を作る能力、そして人間の本質と切り離して自分たちを定めたり、自分たちの意志に応じてそうした本質を曲げたりする能力といったものを私たちが人類として際立たせること――まさにそうしたことも類を見ない破滅をもたらすような能力を私たちに与えられることによって、どれだけ悲劇をもたらす誘発剤となってしまうか。

物質的な進歩、あるいは社会的な革新によって、どれだけ私たちはこうした真実が見えなくなってしまうのか。
より高い信念という名の下、どれだけ安易に私たちは暴力を正当化してしまうようになるのか。
どの偉大な宗教も、愛や平和、正義への道を約束します。にもかかわらず、信仰こそ殺人許可証であると主張する信者たちから免れられないのです。
国家は犠牲と協力で人々が団結するストーリーをこしらえ、優れた功績を認めるようになります。しかし、自分たちとは違う人々を抑圧し、人間性を奪うため、こうしたものと同様のストーリーが頻繁に利用されたのです。
科学によって、私たちは海を越えて交信したり雲の上を飛行したりできるようになり、あるいは病気を治したり宇宙を理解したりすることができるようになりました。しかし一方で、そうした発見はより効率的な殺人マシンへと変貌しうるのです。

現代の戦争が、こうした現実を教えてくれます。広島が、こうした現実を教えてくれます。
技術の進歩が、人間社会に同等の進歩をもたらさないのなら、私たち人間に破滅をもたらすこともあります。原子の分裂へとつながった科学的な変革には、道徳的な変革も求められます。
だからこそ、私たちはこの場所に来るのです。

私たちは、この街の中心に立ち、勇気を奮い起こして爆弾が投下された瞬間を想像します。
私たちは、目の当たりにしたものに混乱した子どもたちの恐怖に思いを馳せようとします。
私たちは、声なき叫び声に耳を傾けます。

私たちは、あの悲惨な戦争が、それ以前に起きた戦争が、それ以後に起きた戦争が進展していく中で殺されたすべての罪なき人々を追悼します。
言葉だけでは、こうした苦しみに言葉に表すことはできません。しかし私たちは、歴史を直視するために共同責任を負います。そして、こうした苦しみを二度と繰り返さないためにどうやってやり方を変えなければならないのかを自らに問わなければなりません。
いつの日か、証言する被爆者の声が私たちのもとに届かなくなるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです。

あの運命の日以来、私たちは自らに希望をもたらす選択をしてきました。
アメリカと日本は同盟関係だけでなく、友好関係を構築しました。それは私たち人間が戦争を通じて獲得しうるものよりも、はるかに多くのものを勝ち取ったのです。
ヨーロッパ各国は、戦場を交易と民主主義の結びつきを深める場に置き換える連合を構築しました。抑圧された人々と国々は解放を勝ち取りました。国際社会は戦争を防ぎ、核兵器の存在を制限し、縮小し、究極的には廃絶するために機能する組織と条約をつくりました。
それでもなお、世界中で目にするあらゆる国家間の侵略行為、あらゆるテロ、そして腐敗と残虐行為、そして抑圧は、私たちのやることに終わりがないことを示しています。

私たちは、人間が邪悪な行いをする能力を根絶することはことはできないかもしれません。だから、国家や私たちが構築した同盟は、自らを守る手段を持たなければなりません。しかし、私の国のように核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければなりません。
私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この「死の道具」が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません。
それだけでは十分ではありません。世界では、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。戦争に対する考え方を変える必要があります。紛争を外交的手段で解決することが必要です。紛争を終わらせる努力をしなければなりません。
平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。

私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。
人類の共通性、戦争が起こらない世界、残虐性を容易く受け入れない世界を作っていくことができます。物語は、被爆者の方たちが語ってくださっています。原爆を落としたパイロットに会った女性がいました。殺されたそのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています
アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのはアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。
しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。
だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。たとえば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。

亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは戦争は望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。
国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。
世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。

2015年12月27日日曜日

プリモプエルに服着せてみました

娘のクリスマスプレゼントのアイデアが枯渇したので
今年はプリモプエルの服を着せて見ることにしました。娘はものが見えているのかどうかわからないのであまり意味がないかもしれませんが、周りに変化があった方がいいと思って。



プリモプエルを公式に扱っているお店って少ないんです。関西では大阪と和歌山しかなく、仕事を早めに終わって、いつもは行かない場所に少しだけ遠出しました。

2015年12月14日月曜日

かわいらしい車椅子

近所の児童館の前を通りかかると、夕方このかわいらしい車椅子をいつも見かけます。たまに無いときがあるのですが、そんなときはちょっと心配。

一度、迎えに来たお母さんといっしょにいるところを見かけました。児童館の中では室内用の車椅子を使っているようで、とっても楽しそうに親子で話をしていました。


こんな日常がとっても幸せそうに見えます。



2015年11月16日月曜日

下町ロケット2

マーケティング戦略に乗せられて 「下町ロケット2」買ってしまいました。
文庫本が出るまで待てませんでした。

TVドラマは続編を連続でするなんて思ってもいなく、予告を見て慌てて買っちゃいました。本屋では平置きですね。朝日新聞では連載、TVドラマの放映と同時に続編出版、このTVドラマというか、本のマーケティングがとっても興味深いです。


2015年6月24日水曜日

このCMにはまってしまいました

このCMにはまっています。

遠く子どものころを思い出しました。
バスに乗るときに似たようなこと母親に言われたことがあったような。母親は強し。

 
母親役の江口のりこさん、兵庫は姫路の出身なんですね。すばらしい。

2014年6月22日日曜日

『ルーズヴェルト・ゲーム』

最近面白いTV番組がなかったので退屈していたのですが、これは面白かった。
そう、仕事でも、遊びでも、最後まで諦めたらあかんのですよ。


そう、原作買おう。


2013年10月10日木曜日

一年で一番大切な日、旧「体育の日」 26回目

今年も旧「体育の日」10月10日が来ました。

26年前からこの日だけは、仕事は休んで毎年家にいます。時々、病院にいたこともありましたが。この日は、わたしたちにとって、とっても大切な日なんです。

今年もみんなで娘 あい子の誕生日を迎えることができたこと、神様に感謝します。

 

我が家の元気印、あい子は笑顔いっぱいです。

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今年の娘へのプレゼント、いろいろ悩んだのですが、今年はDVDにしました。関西生まれだけあって「お笑い」がお気に入りなので、”よしもと”のビデオ。
でも、よく考えたら当たり前だったのですが、これを昨年プレゼントしたポータブルのワンセグTV用にSDカードに移したかったのですがプロテクトで出来ませんでした。SDカードに移せたら定期入院の時にも見れるのに、残念。今はいろいろなメディアでビデオも見たいのにね。


2013年7月7日日曜日

今年の七夕

今年の七夕、日曜日でした。

毎年、七夕の日に帰宅すると、玄関の横に笹飾りが飾られています。
娘が元気に車椅子で動き回っていたころは、娘のおかしな字がおもしろかったです。そんな娘の短冊はもう見ることは出来ないですが、毎年、ちょっと読んでしまいます。


今年は、七夕の日が日曜日、わたしはまったくそういうこと興味のない人なので声もかかりませんが、母親とおばあちゃんが一生懸命短冊や飾りをつくってました。
だんだん小さくなる笹飾りを少しだけ読みながら、いろいろ思い出し、これからのこともちょっと考えてしまいます。

どんなことがあっても、一定のリズムで、無機質に進む時間、それを感じる瞬間です。
明日から娘は毎月の定期入院です、あと数ヶ月で誕生日だね。


2013年6月26日水曜日

すべてはここから始まった

関電病院って、いつの間にかこんな綺麗な病院になったんだ。隣にある古い病棟は壊されるみたい。


26年近く前、娘はこの病院で生まれました、わたしが駆けつけたと同時に、分娩室にまだいた母親を残して、娘はわたしと他の病院に救急車で移動させられました。ちょうど御堂筋パレードの日だったと思います。
写真の枠から外れた左側に残っている古い病棟からわたしたちのすべてが始まったんです。辛かった時間もたくさんありましたが、楽しいこともたくさんもらっています。

あの古い病棟がなくなるのは複雑な気持ち、その建物を写真に残したいとは今日は思いませんでした。


2013年4月11日木曜日

オルゴール付き人形

このオルゴール付き人形、25年前から娘といつもいっしょです。まだオルゴールも現役。

最初はICUの保育器の中でした。今日は定期入院中の病院で。



2013年4月8日月曜日

家族で3分の花見

今朝、娘を定期入院に連れて行く前に昨晩捜した桜を見に寄り道しました。

自宅近くのお気に入りの桜の木は、もうかなり散っていたので、今回は娘が中二の夏まで通った中学の校門に、桜はもう半分くらいですかね。
ここは車から降ろさなくてもドアを開ければ娘も桜が見えるんです。桜が満開だったら何年か前にしたように桜の木の下で記念撮影したのですが、これはまた来年。



2013年2月26日火曜日

今年の春こそは

昨日は、娘を須磨の病院に定期入院に連れて行った後、大阪・京都経由で東京まで来たのですが、京都がとっても寒くて、東京もとっても寒いです。

でも、地元の須磨の海は日差しが暖かく、春は近い、気持ちはもう春に切り替わっています。3月は寒い日を我慢して走るランから走り出したくなるランに変わる季節、そして春山行って、実家の祭りがあって、そして娘に、桜のころの雰囲気と香りを感じさせる大切な時期なんです。それに反して、仕事は年度末前後でいつもたいへんですけどね。

今年こそは久しぶりに桜が満開のころに娘を10分の花見に連れ出したいです。調子の良いときと満開がなかなか合わないのでなかなか実現できていません。写真は2007年、朝ランしてたら桜がめちゃくちゃ綺麗だったので、家族を説得して娘を無理矢理連れ出しました。今年はこれを実現したいです。





2013年1月1日火曜日

明けましておめでとうございます 2013

明けましておめでとうございます。

こうしてまた新しい年を自宅で娘と迎えることできました。
ごくごく普通のお正月、この時間をくださる神様にとても感謝いたします。今年も元気な娘の笑顔と生きる力に励まされながら、もっともっと充実した時間が送れるように頑張っていきたいと思います。






2012年12月24日月曜日

小さなクリスマスツリー

我が家には、今年で24年になりますが、小さなクリスマスツリーが毎年飾られます。
25年前、以前勤めていた会社の先輩女性から「娘にと」もらったクリスマスツリーです。当時一歳だった娘は生まれてからずっと家にもどれず、病院にいました。あれからずっとこのクリスマスツリーが毎年飾られます。よく見るとかなり色あせてしまいましたが、来年もこうして飾られると思います。

 

2012年10月10日水曜日

一年で一番大切な日、旧「体育の日」

今年も旧「体育の日」10月10日が来ました。

10月10日は25年前から毎年家にいます。今年は平日のしかも週のど真ん中でしたが、仕事を休みました(昔は祝日だったのにね)。この日は、わたしたちにとって、とっても大切な日なんです。


今年もみんなで娘 あい子の誕生日を迎えることができたこと、神様に感謝します。
ノーベル賞を受賞した山中教授のiPS技術が25年前に臨床現場で実用化されていたらなんて、相変わらず「~~だったら」と考えることが多いのですが、娘の頑張って生きている姿に励まされながら明日からも頑張ろうと思うのです。




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今年のわたしの娘へのプレゼントは充電時間の長いポータブルのワンセグTV。 
娘が定期入院する時にTVの録画が見れるように買ったものです。

地デジの前は、FMラジオでTVの音声を聴くことができたのですが、地デジになってからはラジオでTV音声を聴くことはできません。ワンセグはコンクリート構造物の病棟では電波が入らず、DVDレコーダは電池があっという間になくなり娘の好きなTVを見せることができなくなっていました。 そんなわけで考えに考えた方法が家でTVをSDカードに録画して病院でワンセグTVで見せるという方法です。

地デジはプロテクトがかかっていますのでなかなか扱いがたいへんですが、ワンセグ画像に落とせばSDカードで持ち出せます。 
10月10日は、プレゼントしたワンセグTVで番組の録画が見れるように、昨日アマゾンから送られてきたブルーレイレコーダの番組持ち出し機能で、SDカードに番組をワンセグ形式の画像で録画するセットをしました。コンピュータなら簡単ですが、こういったAV機器はなかなか手強いですね。