しばらく山とランは遠のいています

仕事、そしてコロナの関係でしばらく山やランからは遠ざかっています。来年の春から復帰できるようそろそろ運動再開していきたいと思います。ちなみに今、BIツールのPower BIが半分趣味になって、完全な運動不足になっています。20201020
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2022年1月20日木曜日

14 Peaks: Nothing Is Impossible 7ヶ月8000m峰14座制覇

おー、すごい。知らなかったこんな記録が打ち立てられていたとは。
ニュースで見てたのかもしれませんが、あまり印象深く残っていなかったのかもしれません。
ネパールの人だったら登れるかなと思って流してしまったかもしれません。

8000m峰14座を2019年に7か月で全部登ってしまうというすごい記録。
この映画の中で、主人公のニーマル・プルジャがこの記録は、ネパール人でなく欧米人だったらもっと話題になっていたはずだと悔しがっている姿が印象に残ります。たまたまNetflixに1ヶ月だけ入ったのでこの映像に出会いました。

このドキュメンタリー映画、2021年11月にNetflixで公開されてます。Netflixいいねえ。この手の映像は最初からネット配信がいいですね。

2022年1月19日水曜日

SEVEN YEARS IN TIBET

セブンイアーズ・イン・チベット
この映画ずっと見たかったのですが、AMAZONでは、日本で視聴制限かかってみることができませんでした。Netflixの1ヵ月会員になったので、探して見つけました。20年以上も前、映画館で見て以来です。
お恥ずかしい話ですが、この映画は実話なんですね。今知りました。アイガー北壁を初登頂した登山家が、ナンガパルバットで失敗したあとイギリス軍の捕虜になって収容所から抜け出しチベットに逃げ込んで、そこに7年間住んでダライ・ラマとの親交を深める。
現実とは思えないような話ですね。すごくいい映画ですね。

2017年11月8日水曜日

早稲田大学山岳部、さすがですね。

久しぶりに興奮した山のニュースでした。
早稲田大学山岳部、ヒマラヤ山脈の未踏峰「ラジョダダ(6426m)」に10月17日初登頂。大学山岳部のニュースが流れることはほんと少なくなってしまっていますので、このニュースはほんと嬉しいです。ほんと良い顔してるよね。
伝統ある早稲田の山岳部はさすがです。


情報も写真も無し、ヒマラヤ未踏峰に世界初登頂 早大隊
http://www.asahi.com/articles/ASKC64VHBKC6UTQP023.html



2017年1月10日火曜日

MERU 見てきました

MERU見てきました。

この話、難攻不落の壁を初登したよくある記録映画だと思っていました。でも、話はそんな単純な話ではなかったですね。様々困難を乗り越えて2回のチャレンジで初登するんですね。
単にクライミングの映像が迫力がるだけなく、人間ドラマが描かれていました。

なかなか良かったと思います。

2011年7月30日土曜日

【読書】梅里雪山(メイリーシュエシャン)十七人の友を探して

梅里雪山(メイリーシュエシャン)、中国雲南省にある連山の総称で、最高峰はカワカブ(太子雪山、6,740m)。聖山であるこの山は、未だ誰も頂上を踏んでいない。  

1991年1月に発生した日中合同登山隊(京大)の大量遭難事故はC3にいた隊員17名全員が雪崩で犠牲となる大事故でした。その後、1998年以降、氷河から遺体・遺品が発見されはじめ2006年までに16名の遺体が確認されています。  

この事故について書かれた著書「梅里雪山十七人の友を探して」、ずっとカバンの中にいれて読もうとしていたんですが、今日やっと読み終えました。  

この本は、事故発生当時から2006年までの遺体捜索の状況を小林さんがまとめたもの。小林さんは当時日本で待機していた方で、事故後、雲南省に長期間滞在して遺体捜索をされました。フリーカメラマンでもあり、登山事故・遺族、聖山という視点で美しい写真を交えて書かれています。  

わたしは、登山をする以上、この手の本は出来るだけ読みたいと思っています。山の陰の部分をしっかり理解して登るのが山を長く楽しむために大切だと思うのです。少々重苦しい内容ですが、岩や雪をやる人は読んだ方がいいかもしれません。  


2010年10月6日水曜日

今シーズンのヒマラヤ

今シーズンのヒマラヤは荒れましたね。

天候が荒れて、シーズン終わりまで待って、9月末からラッシュをかけたようです。
ダウラギリで行方不明の3人の方が早く見つかるように祈っています。


●ダウラギリ(8167m)
 9月28日、雪崩で日本人登山家3人が行方不明。
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100930k0000m040131000c.html


●チョー・オユー(8201m)
 9月30日、8000m峰14座登頂を目指す竹内洋岳さん、13座目のチョーオユーを断念。7700m地点にある雪壁が大きく雪崩れていて不安定なためその地点で引き返すことになった。
 http://weblog.hochi.co.jp/takeuchi/2010/09/post-b931.html


●エベレスト(8850m)
 10月1日、単独無酸素登頂を目指す、栗城史多さん。深い雪でC4まで到達できず登頂を断念。
 http://ameblo.jp/kurikiyama/entry-10664352228.html


2010年8月25日水曜日

ネパールの小型機墜落事故

8月24日、ネパールで小型機の墜落事故、カトマンズからルクラ(エベレストへ行く拠点)に向かう飛行機で悪天候で引き返す途中の事故だったそうです。


エベレスト単独無酸素登頂を目指している栗城さんもこの後の便に乗る予定だったようですが、なんとこの便に彼のシェルパが乗っていたとのこと(ニュースはこちら)。ヒマラヤで何度も危ない目を切り抜けて来たシェルパが、こんな事故で逝ってしまうとは、、、、

亡くなられた14人の方のご冥福をお祈りしています。


2010年8月23日月曜日

イモトってモンブラン登るの!?

「世界の果てまでイッテQ!」珍獣ハンター イモトがヨーロッパアルプスのモンブランを登るのですね(もう登ったのでしょうが)。うらやましいなあ。いいなあ。

彼女って、エベレスト目指してるとか、この調子では本当に行きそうですね。ますますうらやましいです。

ちなみに、わたしはイモトの大ファン。こんな娘がいたらさぞかし楽しいだろうなあって。


2010年8月20日金曜日

栗城さん、再びエベレスト単独無酸素に挑戦開始

栗城史多 さん、再び、エベレストの単独無酸素登頂への挑戦を開始されました。
http://ameblo.jp/kurikiyama/theme-10005310071.html

この時代ですから資金集めが相当たいへんだったみたいです。でも、彼の熱意は周りを動かしますね。

じっくり取り組んでほしいです。


2010年5月27日木曜日

栗城さん、今回は難しかったみたいです

エベレスト単独無酸素登頂を目指す栗城さんアンナプルナ(8091m)の単独無酸素登頂の二回目のアタックをしていましたが、7700mで断念し下山されました(詳しくはこちら)。単独無酸素で8000mは簡単には登らせてもらえないようです。

右の映像を見ると、ほんとうらやましいです。こんな仲間に応援してもらって彼は登っているのですね。わたしもチャンスがあればこんなサポートチームに参加してみたいです。


2010年5月21日金曜日

再度登ることに、びっくり

エベレスト単独無酸素登頂を目指す栗城さんアンナプルナ(8091m)の単独無酸素登頂を目指していましたが、体調不調で最終キャンプから引き返して今回は断念と思っていました。ところが、なんと再び登るそうです。

天候がいいのでしょうね、高所順応もできていて、ご自身のつけたトレースも残っているのでしょうから体力消耗していてもむしろチャンスかもしれません。今度はスキーも担がず、通信機材も持たず純粋に自分の山に挑戦するようです。それがいいですよ、登頂だけに集中してほしいです。ただ、これから何度でも登るチャンスはあるので、絶対にDeathZoneには突っ込まないでほしいです。


2010年5月18日火曜日

夢の実現はそんな簡単ではないようです

エベレスト単独無酸素登頂を目指す栗城さん、今年のエベレストの前哨戦アンナプルナ(8091m)は断念したようです。
彼のブログによると最終のCamp4(7200m)まで入ったのですが、体調が悪く18日、BCまで下山したそうです(詳しくはこちら)。

どんな夢でもそう簡単に実現させてくれないですね。昔のように関心を持ってもらえない高所登山に、スポンサーをつけて、話題になるように山を登ることとは直接関係ないことをやって、ほんと一生懸命な彼の姿はすばらしいです。この高所で嘔吐を繰り返しながらラッセルを一人で続けるなんて信じられないです。
今回、無理して突っ込まず、下山したことはもちろん正解ですし、こういった姿を見せていれば何度でもチャレンジできますよ。高所順応が十分できていないと思うので今年のエベレストは少々心配ですが、これも焦らずにじっくり挑むことですよね。


2009年9月29日火曜日

栗城史多さん、次を!

日本人初のエベレスト単独無酸素登頂を目指していた栗城史多さん、今回は残念でしたが、生きて帰っていたので、ほっとしました。


ちょうど頂上アタックの予定日が、わたしは山の中だったので、インターネットを見ることができずとっても気になっていました。下山後すぐに、登頂はできなかったことを知ったのですが、彼のブログをなかなか見ることができず、今やっと詳細を知りました。

現地のブログからは、8000m近い場所でラッセルを強いられ、どんどん登るスピードが落ちて、時間切れが迫ってくるその緊迫感が伝わってきます(栗城さんのブログはこちら)。一線を越えて突っ込まなかったこと、本当によかったです。今はゆっくり休んでほしいです。


彼のファンは、私も含めて、今後も応援していきますよ。


2009年9月24日木曜日

栗城史多さんのエベレスト単独無酸素、アタック中です。

日本人初のエベレスト単独無酸素登頂を目指す栗城史多さん、頂上めざして現在アタック中です。本来であれば、本日からインターネット中継だったのです、中止のようです。単独無酸素で、昔のような大がかりな登山隊ではないのですから、無理して中継することはないですね。

現地から毎日更新されるブログによりますと(ブログはこちら)、日本時間24日木曜日15時15分現在、彼は7800mを超えています(あと約1000m)。膝くらいまでのラッセルが続いているそうです{/大汗/}。 この高度で一人でラッセルとは、、、、、、しかも、時計の電池が切れて、自分で時間と高度が確認できないとのこと。時間はトランシーバで確認するとしても、高所で高度計がないのは自分の位置を確認できないので精神的に相当辛いのではないでしょうか。

登頂予定は、日本時間26日土曜日13時15分だそうです。キャンプはC3、C4の残り二つ。単独ですから、キャンプといってもほとんどビバークでしかも無酸素。

絶対に安全を優先してほしいと思うばかりです。


2009年9月17日木曜日

栗城史多さんのエベレスト単独無酸素、いよいよですね

この連休どうしようか、台風の進路予想と天気予報を見続けていますが、ちょっと気分を変えて、もっとスケールのでかい話を、


ヒマラヤでは、栗城史多さんのエベレスト単独無酸素登頂へ向けてのアタックが近づいています。成功すれば日本人初です。彼のブログによると、今、天候を分析してアタックのスケジュールを立てているとのこと。
こういったエクスペディションは、山の実力だけでは成し得ないもの。昔とちがって、スポンサー集めもたいへんだったと思います。若さいっぱいで突進していく彼がとても魅力的、こんな時間をわたしも経験したいです。今は彼のブログを見ながら、自分もこんな夢に挑んでいる気分にさせてもらっています。安全に登頂できますように、

栗城さんのブログ
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/bt_nobukazu/


2009年7月20日月曜日

【読書】カメラマン「村口徳行」


カメラマン「村口徳行」さんの本、いいですよ。エベレストに何度も登頂して、仕事としてきちんとビデオと写真を撮って無事にもどってくる。格好いいです。
それにしても本にたくさん掲載されているヒマラヤの写真、すばらしいですね。こんな写真を撮りたいです。




2009年6月30日火曜日

イモトのキリマンジャロ

イッテQ!のイモトキリマンジャロに登頂しました。

わたしはイモトさんの大ファン、こんな娘がいたら、どんなに楽しいだろうって、ご両親がとっても羨ましいです。


ついにキリマンジャロ登ってしまいましたね。わたしも氷河が消えないうちに登りたい山の一つです。いいなあ、仕事で行っちゃんうんですから。それにしてもTVスタッフがだらしない。

これで彼女も登山に魅せられるのでは?
7サミッターの1/7は登ったのですから、案外そんな道に入るかも?


2009年6月29日月曜日

【読書】登山家「山田昇」

登山家「山田昇」、ご存知ですか。

8000m峰14座登頂まであと2峰で、冬のマッキンリーで亡くなった登山家です。たまたま昔のビデオを整理していて、1988年のエベレストの交差縦走のTV番組の録画を見つけました。山田さんはこの遠征で交差縦走を成功させた隊員です。この遠征では、初めてエベレストにTVカメラが上がり、エベレスト山頂で山田さんの姿も衛星生中継されました。山田さんのご家族もTVに出ていて、とてもうれしそうにしていたのが印象的でした。

彼のことを書いた本「ヒマラヤを駆け抜けた男」が出ていることを知り、早速購入しました。この本を読んで、改めて、当時の先鋭的なアルパインクライマーはほとんどいなくなっていることに、ちょっと恐怖を覚えました。
わたしが接触した方で、生き残っているのは、ラインホルトメスナーくらいでしょうか。イスラマバードのホテルの食堂で見かけたククチカ、日本で少しお話しをした小西政継、わたしにビデオカメラのバッテリーをパキスタンまでハンドキャリーさせた長谷川恒夫、見事に山で逝ってしまいました。
山田さんの本を読んで、彼らはまるで山の麻薬患者のように見えました。いろいろなレベルで山は登れますが、それぞれのレベルでこのDEATH ZONEは存在しているので、注意をしなくてはいけないですね。


2009年6月8日月曜日

栗城さん、この8月にEverestへ

北海道の栗城史多さん日本人初エベレスト単独無酸素登頂をこの8月にチャレンジするそうです。


7サミッターを単独無酸素で目指す彼は、7峰目のエベレストの高所トレーニングに、8000m峰としてチョ・オユーマナスルに続いて、この5月はダウラギリを単独無酸素で登頂されました。本来、エベレストはこの春に狙っていたそうですが、何でもエベレストに向かう地域の治安が安定しないため登山許可が下りず、エベレストは8月に延期。急遽ダウラギリが加わったとのことです。

 栗城史多さんのオフィシャルサイトはこちら
           ファンクラブサイトはこちら
           ブログは
こちら

彼は、ダウラギリのアタックをインターネットで生中継し、迫力ある映像を配信しています。すごいですね、こんな感動味わってみたい!


1988年、エベレストに日本テレビがTVカメラとパラボラアンテナを担ぎ上げ、世界初の8000m峰からの衛星生中継を行いました。特番が組まれ大騒ぎだったのを覚えています(このビデオはわたしの大切なコレクション)。今は、単独無酸素のクライマーが生中継をしてしまう、すごい時代になりました。

8月の日本人初のエベレスト無酸素単独登頂がとても楽しみです。


PS.彼の記事をネットでいろいろ探していたらおもしろい記事を見つけました。彼は某メーカの堅牢なノートPCを持ちこんでいたそうです(詳しくはこちら)。何mのキャンプまで持っていったのでしょうか。電池はどうしたのでしょうか?


2009年2月25日水曜日

日本人でエベレストに登頂した人は153人

日本人でエベレストに登った人は、昨年までに153人だそうです。
エベレスト登頂者の一覧がありますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。日本の登山界の歴史そのものです。
http://www.everest.co.jp/everest95/summiter-j.htm

日本人初は、1970年の松浦輝夫・植村直己のお二人。これはあまりにも有名ですね。
このリストにある先鋭的な登山家は亡くなった人が多いのが寂しく思います。冬のエベレストの登頂後亡くなった登山家「加藤保男」は、その9年前の1973年に24歳でエベレストを秋に登頂しています。これは秋期世界初だそうです。あの時代に24歳でアタックメンバーに選ばれたことが彼の実力を物語っています。

それにしても、エベレストは世界中の方がたくさん登っていますね。この資料によると2007年までに3565人も登頂しています。ゴミ問題は、今後ますますたいへんになってしまうのでしょうか。