滞在中、北海道マラソン前に16km、マラソン後に35.1km、計51km札幌駅前~豊平川往復コースを走りました。道マラを含めると93.295km、よく走りました。おかげさまで今月も目標を越え月間走行距離280kmとなりました。
しばらく山とランは遠のいています
2011年8月31日水曜日
【出張ラン】やっと北海道から神戸に帰ります
滞在中、北海道マラソン前に16km、マラソン後に35.1km、計51km札幌駅前~豊平川往復コースを走りました。道マラを含めると93.295km、よく走りました。おかげさまで今月も目標を越え月間走行距離280kmとなりました。
2011年8月30日火曜日
ふくらはぎ対策 足裏の8の字テーピング
参考Webページでは太いタイプのテープが使われていますが、細いテープで二重に張った方が足に違和感がなくていいです。実際に太さの違うテープを張ってもらって比較しそう思いました。これかなり強力で足裏が気持ちいいです。
2011年8月29日月曜日
さて、今週末は黒部丸山東壁
北海道マラソンはそれほど脚にダメージがありませんでした。そこまで暑さで走れていないのですね。暑さによるダメージで体のだるさはあるのですが、十分余裕で山に入れそうです。
で、この後、さらに9月18日、過酷な歴史街道丹後100kmウルトラマラソンが控えています。このレースも暑いのですよ。でも4時30分スタートなので涼しいうちに半分は終わってます。今年の夏のチャレンジのフィナーレ、過酷さ楽しみたいです。
2011年8月28日日曜日
北海道マラソン2011完走記 暑かった
とにかく暑かったです。スタート時点で28.5度、この暑さがこんなに辛いとは。記録は、
このタイムは、2005年の初マラソンの時のタイムと同じ。最近のレースから35分近く遅くなってしまいました。レース前はどんなに暑くても3時間半は切るつもりだったのですが、この暑さはわたしにはとても無理でした。でも、道マラの旧制限時間の4時間をぎりぎりクリアできたのでとっても満足です。
今回も、予定どおりマラソンに参加でき、猛暑の中を完走できて、こんな健康を与えてくれている神様に感謝します。マラソン初めて7シーズン目、今度こそ途中危険かと必死でした。よく頑張ったよね。
北海道マラソンの完走メダル。おしゃれでいいでしょ。これもらえてとってもうれしい。
8月28日、朝起きると外はまさに快晴、「あぁ今日も暑くなるな」とがっかり。山だったら大喜びの天気なんですが。
スタートの中島公園、照り返しがまぶしく、暑くてみんな木陰に隠れて準備をしています。
暑いとは聞いていましたが、12時10分のスタート時点からもう28.5度、ほんと暑かったです。
最初の1kmから異様に息が上がるので、周りにつられて突っ込んでしまったかなと思って1kmのラップを見てびっくり、いつものマラソンより40秒ほど遅い。これはやばいと設定したペース4分48秒を維持しようとしましたが、体が重くてなかなか思うようになりません。「食べ過ぎてしまったか、しまった、こんなのでゴールできるか」と不安に思いながら5kmまで来ました。そこで初めてのエイド、水を思いっきりかぶったら体がすっと楽になりました。これでこれは暑さの影響なんだとわかりました。
このレースは思いっきり水かぶりながら走ればいいんだと理解し、設定ペースで走り続けたました。が、15kmすぎから、まるでマラソン後半のいつものようなペースダウンが始まりました。いくらエイドで水をかぶってもペースは落ちる一方。体を冷やすために水もがぶ飲みしましたが胃がもう”ちゃぷちゃぷ”で気分も悪くなってくる始末。これは途中棄権になってしまうかも、とにかく4時間切ればいいやと思い、計算しながら進みました。
ペースはその後もどんどん落ち、30km地点で計算すると、このスローペースでは4時間もやばいかも、もう歩いてでも完走できればいいやと弱い自分が思い始めました。でもその近くのエイドでおばちゃんに大きな氷をもらってそれを帽子に入れて頭冷やしながら走ったら少し元気回復。多少はまともなペースになり、エイドも時々立ち止まらなくてよくなって北大を必死で走り抜けました。北大を出れば、最後の赤レンガを必死でめざし、なんとか旧制限時間の4時間を切ってゴールできました。以前の道マラだったら収容車に追われながらのゴールでした。無事ゴールできてほんとよかったです。
ゴール後選手は大通り公園でぐったり。一方ぞくぞく収容者が戻ってきます。バスからは必ずタンカーで人が運び出されます。ゴール後もその場でもどしたり、倒れたりする人を見かけます。わたしもゴール後数時間気分が悪かったです。
ゴール後周囲をぶらぶらと見物していたのですが、大きなテントが気になって覗いたら、そこはまるで野戦病院状態でした。数多くのベットがテント中に所狭しとならんで、点滴のポールが乱立していました。今まで20回以上マラソンに出ていますが、こんな状態は初めて見ました。ここまで救護施設を準備するなら、もうスタート時間を9時にしたらいいのに。いつか死人が出てしまいますよ。ちょっとこの光景は複雑な気持ちになりました。
北海道マラソンは完走メダルはとってもおしゃれなんですが、参加賞のTシャツがいけませんね。北海道の地図がプリントされているTシャツはさすがに普段着ることができません。サロマの参加賞のポロシャツはワンポイントでよかったのに。歴史ある大会なんですからもう少しセンスの良いTシャツがほしかったです。
右の写真は、計測用のICチップのタグ。最近このタイプが増えてきましたね。こんなチップならレース前にゼッケン含めていっしょに送付してくれたらいいのに。前日エントリーの狙いはわかりますが、札幌近郊の人には面倒でならないですよね、きっと。
それと、道マラのエイドって水が中心で、スポーツドリンクも少ないし、レモン、ドライフルーツ、氷砂糖、チョコレートなどの食べ物がとっても少なかったです。このあたりもサロマと比べたらずいぶん見劣りしました。こんな過酷なレースですからエイドは充実してほしかったです。
でも、応援はすばらしかったですよ。ありがとうございました。
2011年8月27日土曜日
北海道マラソン、ゼッケンもらいました
受付会場は、他の都市型マラソンに比較してずいぶん大人しめですね。でも、短い待ち時間でプロにテーピングしてもらうことができました。やっぱりプロは違いますね。足裏の八の字テーピング、これで不安なふくらはぎの対策になりそうです。
ゼッケンもらうとマラソンモードになりますね。帰りに朝食用のくだものなどを買い出しして明日お昼のスタートに備えます。
明日の最高気温は26度といつもの暑い北海道マラソンみたいです。初めての真夏のレースにかなり不安ですが、3時間半だけは確実に切りたいです。目標ペースは24分/5km(4分47秒/1km)として、前半少しは貯金して後半それを減らさないことに必死になろうと思います。
ランニング記録8月21日から8月27日 北海道滞在中
世界陸上の女子マラソン見てテンション上げます。
ちなみに、金曜日の夜、札幌駅前のビアガーデンでへんてこな関西弁の米国人による大道芸で盛り上がっていました。
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8月21日日曜日、山の用意で時間が取れず10kmのみ走る。夜、ふくらはぎの張りを解消しようとスポーツ整体に行く。
8月22日月曜日、四国出張のため時間が取れず10kmのみ走る。この日が最後の走り込みのつもりでしたが、目標の距離を達成していないので、マラソンまでジョグで最低200kmはクリアしようと思う。
8月23日火曜日、朝仕事が片付かず、少しだけ走って大阪へ。夜上野から北海道に寝台列車で向かう。
8月24日水曜日、室蘭から夕方札幌に入る。時間が取れず走らず。
8月25日木曜日、時間が取れずランニングは無し。脚の疲れはかなり抜けてきている。
8月26日金曜日、夕方我慢できずに豊平川に走りにいく。豊平川でジョグ中の土佐礼子選手、渋井陽子選手を見かけたりしてちょっと興奮してスピードを出してしまい、そのためふくらはぎの張りがぶり返す。お風呂で必死にマッサージ。
8月27日土曜日、早朝、豊平川をゆっくりジョグ。これで200km達成したので、あとは明日の北海道マラソンのスタートまで両足のストレッチを続けるのみ。今日から暑くなりそう。
月日 | 曜日 | 距離 (km) | 時間 | 時速 (km) | 累積 (km) | 備考 |
8月21日 8月25日 8月26日 | 日 | 10.0 8.0 | 0:55:00 - - | 10.9 | 18,554 18,584 | 自宅 自宅 |
週間合計距離(km) | 39.8 | 地球一周 | 46.4% |
※月間累積走行距離(8月); 203.1km
2011年8月26日金曜日
北海道 豊平川でジョグ
本日夕方、やっと豊平川をジョグできました。
豊平川の河川敷を走っていたら、行きに土佐選手(写真の赤いウエア)とすれ違いました。かっこいい走り方しているなと遠くから注意して見ていたのですが、すれ違う瞬間に土佐選手だとわかりました、あわてて振り返って一枚。
さらに、帰りにまた土佐選手を見つけたのですが、今度は渋井選手も。二人で仲良くストレッチしていました。思わず、横を通り過ぎるときに「明日頑張ってください」と声をかけてしまいました(明日ではなく明後日なんですが、ちょっと興奮して)。にっこり会釈を返してくれて感激。土佐選手は久しぶりのレースなので顔が緊張気味ですが、渋井選手はリラックスしてました(渋井選手はしゃべらないとかわいらしいね)。
本当だったら正面から二入の写真を撮って、握手まで求めるところですが、さすがにレース前の調整の邪魔してはいけないので、さっさと走りすぎました。
北海道マラソン、いいですね。
2011年8月25日木曜日
札幌で、女子マラソン選手も立ち寄る居酒屋
2011年8月24日水曜日
なかなか良い具合、北海道の天気
2011年8月23日火曜日
今晩は北斗星でカーボローディング
ではなく北海道出張でした。
今回の出張は今月末まで北海道にいるのでとっても長いんです。
土日暇なのでマラソンに出たりもします。
で、いつものようにブルートレインの北斗星で北海道に向かいます。夏休みなのによくチケットが取れました(いつかはA寝台のチケットを取りたい、これは東京マラソンに当たるより難しい)。
今晩は北斗星の中でマラソン前のグリコーゲンローディング(カーボローディング)です。と言ってもちっとも走り込んでいないし、食事制限も出来なかったので飢餓状態ではなく、特別に筋肉にグリコーゲンが蓄えられることはないでしょう。単に飲み過ぎてむくんで太るだけ、でも寝台列車の個室で飲むワインはおいしいんですね。
2011年8月22日月曜日
京都マラソン、人気すごいね
徳光さん頑張りました。ランナーの間では賛否両論あるみたいですが、わたしは歩いているのと同じようなスピードでも、頑張って走っている人が大好きです。
京都は、東京を越えましょうよ。
だってこんなコースを走れるなんてなんて幸せでしょうか。東京も大阪も神戸もゴールはバブル時代にできた空き地の目立つ埋め立て地、行政の思惑がぷんぷん。東京マラソンのゴール2回経験したのですがやっぱり東京だったら箱根駅伝のように東京のど真ん中でゴールしたいですよね。
でも京都は違う。こんなマラソン大会を待っていたのです。
第一回は競争激しいのでまず無理でしょうが、いずれ絶対に出たい大会です。
2011年8月21日日曜日
もう次の山の準備 リベンジ丸山
2011年8月20日土曜日
ランニング記録8月14日から8月20日 涼しくなりました
今週は約70km走りました。北海道マラソンまであと一週間、あと2日走り込みます。
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8月14日日曜日、八ヶ岳二日目、大同心雲稜を登って、そのまま下山。
8月15日月曜日、ふくらはぎがめちゃくちゃ張って、走らず。
8月16日火曜日、距離が足らないので長めに走りました。
8月17日水曜日、時間がとれず、短めに走る。
8月18日木曜日、午前中の仕事がキャンセルになったので、久しぶりに健康ライフプラザのトレッドミルでペース走しました。夜はジムクライミング。
8月19日金曜日、体がだるくて10kmをだらだらとジョグ。夜は疲れを取るためにスポーツ整体に。
8月20日土曜日、朝時間がなくちょっと走って、夕方は長めのランしました。涼しくなったのでランニングが気持ちいいですね。
月日 | 曜日 | 距離 (km) | 時間 | 時速 (km) | 累積 (km) | 備考 |
8月14日 8月18日 8月19日 | 日 | 9.0 3.8 | - | - | 18,481 18,503 | 自宅
|
週間合計距離(km) | 72.0 | 地球一周 | 46.2% |
※月間累積走行距離(8月); 163.3km
2011年8月19日金曜日
山で香を焚く
2011年8月18日木曜日
2011年8月17日水曜日
2011年8月16日火曜日
夏の八ヶ岳雑感
最近は縦走より岩登りを優先していますので、ずいぶん夏の山歩きご無沙汰でした。大同心登ったあと、硫黄岳までプチ縦走したのですが、これがとっても気持ちよかったです。空がとっても青かった。
赤岳鉱泉までの登り、緑いっぱいの沢筋を歩くのでとても気持ちいいです。でも赤岳鉱泉に近づくと硫黄のにおいがしてきますね、これは冬よりよく臭います。もう秋が近づいているわけで、下の方では赤とんぼがいっぱい飛んでました。
夏の赤岳鉱泉小屋は、小屋の入り口から、大きなウッドデッキが整備されています(冬は雪の下なのでしょうか)。ここにテーブルが置いてあってテント泊の人も炊事ができます。冬のアイスキャンディ用の休憩室も炊事ができるように解放されていて、わたしたちはここで炊事をしました。予想どおり夕方は激しい雷雨となり大正解でした。
ただ、夏の赤岳鉱泉で少し残念なことがあります。山側のテント場があまりにゴミだらけ、空き瓶の割れたガラスまであってとてもテントを張る気がしない場所が多いです。長年のゴミのようで土に半分埋まっているものも多いです。わたしたちのテントの周りは少し片付けてゴミを固めて翌日ビニル袋にまとめようと思っていたのですが、朝起きるとその場所にテントが張られてしまいゴミは回収できませんでした。テント張った人はこのゴミをどうしたのかな(割れたガラスもあった)。利用者が少しずつ片付けていったら、上高地の徳沢のような気持ちいいテント場になるのにね。1000円もテント場の利用料を小屋は取るのですからシーズン始めにもう少しきれいにしてもいいとも思う。
2011年8月15日月曜日
ラインホルト・メスナー「ヒマラヤ運命の山」、見てきました。
ラインホルト・メスナーの映画「ヒマラヤ運命の山」を見てきました。この映画、純粋に山岳映画でとても正確でした。ウッドシャフトのピッケル一本とウールのミトンで急な雪の壁をノーザイルで登っていく技術の高さにびっくりします。
メスナーは当時批判もありましたが私にとってはとてつもない超人。8000m峰を14座全部無酸素で世界で初めて登った人です。未だにこの人を越えるインパクトのある登山をした人はいないと思います。しかも今生きている。この人が執拗に拘った無酸素アルパインスタイル/単独登攀のすべては、1970年弟を亡くしたナンガパルバットから始まったんですね。
映画で描かれたストーリーは、亡くなった弟、そして最後の目撃者であり自分たちを助けもせずに登頂を優先した二人が今この世にはいませんから、事実の検証はしようがありません。後述の二人の内一人はその後モンブランで亡くなり、一人は自殺だそうです。映画シーンからこの二人に関しては裏切りという忘れたくても忘れられない感情があるのかもしれません。
生き延びる力があったからこそ、メスナーは栄冠を手にしたのでしょう。何があっても最後まで生きなきゃいけない、そんなことを山を通じて教えてくれるのではないでしょうか。
映画の中で、メスナーが助け出され弟ギュンターが死んだ後、母親が、教会で凍傷の息子の手を握っているシーンがとても印象的でした。わたしが学生時代、くだらないミスで事故を起こして救出されたとき、今は亡き母親がわたしの手を握っていたことを思い出します。母もなぜかメスナーを知っていて、14座登った後に出版された写真集を送ってくれました。
冒険的な山が好きな人には絶対に見てほしい映画です。
2011年8月14日日曜日
【夏山】八ヶ岳大同心雲稜ルート
この岩場は元来冬の岩場、夏は岩が不安定ではないかと不安だったのですが、意外に安定していました。またお盆で混雑を覚悟していましたが、小同心には数パーティ取り付いていたものの、大同心はわたしたちの独占状態、快適なクライミングができました。メンバーはいつもの大学時代の後輩のM氏。
夏の大同心は、アルパインクライミング好きな初心者を三つ峠でトレーニングして最初に連れてくる本番の岩場にいいかもしれません。適度なピッチ数で、フリーもあるし、人工もある(頑張ればオールフリーにも)。ピンは多少荒れているけど決して少なくない。下山は一般道を使えば安全。
左の写真は、冬の八ヶ岳、赤岳鉱泉に近づくと迫ってくる大同心(左)、小同心(右)。右の写真は、上記の夏の写真とほぼ同じ角度から見た冬の大同心。
大同心雲稜ルートのピッチ数は通常6ピッチ。このルートは夏はオールフリーで登れるルートですが、今回わたしはそういった冒険はせずに、1ピッチ目と5ピッチ目の5.9のピッチをセカンドにしてもらいフリーでチャレンジしました。1ピッチ目はわたしでもリードでいけそう、5ピッチ目は一度テンションをかけていろいろ考えてやっと登れる状態だったのでフリーでリードするのはわたしにはちょっとチャレンジングかも。それより、2ピッチ目の凹角ですが、濡れていてしかもリードだったので今回のルート中この部分のみアブミ出して人工で登ってしまいました、ここがちょっと残念。
取り付きから見る大同心全貌 1ピッチ目核心(リードは人工で)
ピンの状態ですが、取り付き部分から最初のハングまでがピンが少なく見つけにくいので、冬は要注意です。その他は比較的しっかりしたピンが適度にあります。
このピッチは、冬は確実にアブミになる場所です。ルートはこの日私たちの独占状態だったので、少し時間をかけて、古い残置スリングは切断して新しいスリングに交換し、一ヶ所ハーケンを打って残置スリングに頼らずに登れるようにルート整備しました(右の写真は廃棄した古いスリング)。ただし、リングの飛んだボルトに関しては何もしていませんので、リベットハンガー等が必要です。
今後も、このスリングが古くなったり、ピンが痛んだら、それを見つけた人は是非、修復してほしいです。
赤岳鉱泉から大同心稜を登ると大同心の岩場の取り付きに1時間ちょっとで到着します。大同心の基部を踏み跡をたどって40mほどトラバースすると、ペツルと普通のボルトが二本並んで打ってあるところがあります。そこが取り付きとなります(遠くからではよくわからないです)。
1ピッチ目は、小ハング下のアブミを使い始める(もちろんフリーでもOK)までは、ピンが比較的少なめ。また上の方にあるペツルのハンガーがあるまでのハーケンが目立たないので見つけにくいです。最初の出だしのピンはカムを使いました。冬の記録によると雪に埋まってかなりの高さをノーピンで登っている例がありました。
5ピッチ目は、ドームの基部のバンドをトラバース(20mほど)。右の写真で岩にわたしがへばりついています。
一部体が外に出る部分はありますが、草付きを慎重に選んで足をおいていけば簡単。このあたりは冬はアイゼンでスタスタと行けるのではないでしょうか。ただ、声が通らなくなるので要注意。今回小電力トランシーバを持ち込みましたがこれも電波が通じませんでした。やはり冬はアマ無線ですね。
6ピッチ目は、ドームの登り(ルート図には40mと書かれていましたが実際は25m程度です)。傾斜がきつく冬はアブミ登攀になると思います。ここを手袋でフリーで登れる人はすごいですね。わたしはこのピッチをセカンドにしてもらいフリー(5.9)に挑戦しましたが、上部の小ハングで一度テンションをかけてじっくりホールドを探して組み立てないととても一発で越えることはできませんでした。上述したようにこのピッチはピンが多少荒れていたので、フリーで登るにしても十分準備しておかないと危ないですね。
終了点は、ドームの頭(左がM氏、右がわたし)